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よく「オススメのマンガあったら教えて下さい」と聴かれることがある。

そんなとき、僕は

「男だったら、まんが道を一回読んでくれ!読まずに死んだら駄目だよ!」

と答えるようにしている。

僕の中の「読まずに死んだらいけないシリーズ」の筆頭が、この「まんが道」である。


僕が「まんが道」に出会ったのは、小学生低学年のころだったから、今から35年以上前、昭和50年代中盤だった。
あるとき「藤子不二雄まんが全百科」を書店で見つけ、親にねだって買ってもらったのがきっかけだった。


(注)「全百科(オールヒャッカと読む)」シリーズは、ケイブンシャの大百科シリーズと対抗して小学館が刊行していたコロコロコミックを丁度半分にしたような百科事典型ムック本である。

この藤子不二雄の著作を出版社の垣根をこえて、余すところなく掲載した「全百科」は、その名に相応しい充実した内容だった。(いま思えば、結構な資料価値の高いものだった気がする→と思い立って早速中古で再度買い求めてみた)

当然前半のカラーページや序盤の人気作品紹介の特集コーナーは、「ドラえもん」や「オバQ」、「パーマン」、「ハットリ君」、「怪物くん」などの、テレビアニメ化された児童向けキャラクター作品に相当ページを割いていて、連載第一回目も掲載されてたりした。(これはこれで、かなり面白かったんだけど)

この「全百科」は、中盤以降から青年向け作品や、「魔太郎が来る!」や「黒いせぇるすまん」なんかのブラックユーモア、オバQ以前のSF作品や、後に見直されブームとなるF氏の「S(少し)F(不思議)短編集」や、デビュー単行本「最後の世界大戦〜UTOPIA」についても言及されており、その作風の幅広さ、藤子不二雄作品の奥深さに、小学生だった僕は、一気に虜になってしまった。

当時は、古本屋さんにマンガも少なく、大型の書店なんかもなく、ネット通販もなかったので、読みたい本は、偶然の出会いと少ないお小遣い事情がマッチしないと手に入れることが出来なかった。

だから、この「全百科」を開くと、いつでも藤子不二雄作品に触れることが出来たのだった。


そんなとき、たまたまよくいく近所の書店で、少年画報社版の「まんが道」の単行本を一冊見つけ、思わず手に取ってしまった。(この頃の僕には、1巻からじゃなくても、どうしても気になったマンガは例えそれが10巻とかの中途半端なところからでも、買ってしまうという悪癖があった。)

何巻だったかはもう忘れてしまったが、「ばらと指輪」の別冊付録が遅れ気味で、美人で優しい担当の小室さんを困らせているところだった。

この巻には新聞社時代のマドンナ竹葉さんも登場し、「まんが道」全編を通じたエッセンス『成長や苦悩とほのかな恋心』がちりばめられていて、「まんが道らしい良巻」といっても差し支えないだろう。

こうなると、全巻読んでみたい!1巻から読んでみたい!という欲望が抑えられなくなって、「まんが道」を見つけるたびに買い求め、飛び飛びになった単行本を間の話を頭の中で勝手に補完しながら、すり切れるほど読んだのだった。


そんなある日、とんでもないビッグニュースが舞い込んでくるのである。

中央公論社が、藤子不二雄の作品を週に一冊、合計300巻もの刊行数で網羅する「FFランド」という企画の知らせだ!
しかも、第一回刊行シリーズの4番目(つまり毎月第4週)にあの「まんが道」の名前が!!!

そこから、実に23ヶ月間かけた、僕の「まんが道」を読む「まんが道」が始まった。

発売日に第一巻を買い求め、恐る恐るその道の始まりの第一歩を踏み出した。

戦後間もない富山県の小学校で、満賀道雄(まが みちお、作者藤子不二雄Ⓐ自身がモデル)と、才野茂(さいの しげる、藤子・F・不二雄がモデル)が出会い、まんがをきっかけに友情を育んでいく。

道雄にとって、茂は、無二の親友であり、理解者であり、ライバルであり、そして同じ「まんが道」を進む伴走者だった。

二人は、少しずつ少しずつ、様々な出会いと別れを経て、まんが家となっていく。

だけども、そこには、「まんが家に俺はなる!」みたいな、確固とした夢や目標を語るシーンが出て来た記憶や印象がない。

かといって、「流されてるうちに気づいたらまんが家になっちゃった」というノンポリシーな空気でもない。

どちらかというと、というか圧倒的にこの作品には、前者をも飲み込むような「熱」がそこかしこから立ちのぼって来る。

読むと、ふつふつと何か熱いものが、腹の底の方から沸き上がって来る。これは一体なんなんだろうと、今更になって少し考えてみた。

この作品は、戦後から昭和30年代に少年期から青年期を過ごしたまんが家や出版社社員たちの青春群像劇である。

敗戦によって、様々なものを失い、そこから復興をテーマに、日本国が一体となって設備投資と内需拡大をくり返し積み上げていた時代「高度成長第一期」の持つがむしゃらな熱情が紙面からムワッと匂って来る。

(注)資料によると、藤子不二雄両氏がトキワ荘に住んでいたのは、1954年10月30日〜1961年10月となっている。つまり、戦後(1945年両氏が11歳)から15年あまりの高度成長第一期とちょうど合致する。

何のために、何を、どうやってという確たるものもなく、欠けてしまった部分をとにかく埋めるように、とにかく目の前にある何かをからだに取り入れ続けるように、彼らはまんがを書き続ける。

「まんが道」「まんが」に魅せられた少年が「まんが」を一心不乱に書き続ける物語であり、彼らが進み続ける「道」をとりまく、誰もが取り戻そうと立ち上がりだした「時代」を描いた物語でもある。

この作品の持つ不思議なパワーの源はそこにこそある!と僕は確信した。