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藤子F不二雄の”SF(Sukoshi Fushigi)短編集”の中でも、傑作の呼び声の高い作品「ノスタル爺」が発表されたのは、1974年のことである。

戦争が終わったあとも、30年ものあいだ孤島のジャングルに一人旧日本軍兵士として篭っていた浦島太吉。
無事帰日を果たし、徴兵の折まで生まれ育っていた故郷へ墓参りに訪ねる。
30年もの間にすっかり変わってしまった故郷の景色を眺めながら、太吉は幼なじみで許嫁であった里子のことを想い出す。
いつの間にか、太吉の眼前にあり得ない光景が現れる。

前回に引き続き、「ループもの」と呼ばれるストーリである。僕は、この作品を読んで、手塚治虫のある短編を思い浮かべた。

「火の鳥(異形編)」である。

残忍な領主・八儀家正は、いかなる病も救うことの出来る八百比丘尼に治療を頼むことにする。
家正の娘左近介は、自らを「女」として生きることを許さない父を亡き者とするべく、八百比丘尼の殺害を企てる。
八百比丘尼の殺害に成功した左近介は、火の鳥より罰を与えられ、無間地獄に落ちてしまう。

手塚治虫のライフワークとして、未完のまま絶筆となった「火の鳥」シリーズの中でも、人気、評価共に高い作品である。

物語の冒頭が、因果の始まりを示し、時系列を追っていくうちに、ループ構造が明らかになっていく。



「終わりのないループ構造」は、いわば出口のない迷路である。

第三者視点で時系進行順に描かれた火の鳥のそれと比較して、ノスタル爺のそれは、太吉の記憶を断片的に配置し、太吉とともに記憶の欠片をかき集めることで、より一層読者を”迷い込んだもの”の焦燥や混乱、そしてそこから沸き上がる衝動へと駆り立てる。

この辺りの構成力は、見事としかいいようがない。

奇跡(30年前の故郷への帰還)を眼前にして、太吉は、何かを悟ったようにある決断をする。

ちりばめられた伏線が、一気に回収され、最終ページの太吉の暖かいものにつつまれているような表情がとても印象的だ。


ならば太吉は、一体何に癒されたのであろうか?

その答えの手がかりは、火の鳥(異形編)のモデルとなる伝承のなかにあった。
若狭八百比丘尼の伝承である。

漁師の娘が、誤って人魚の肉を口にしてしまい、不老不死となってしまう。時の流れから置き去りにされた少女は、自らの肉体の死をひたすら追い求め、諸国を行脚する。

いつしか少女は比丘尼となって、死に行く定めの人々に、安らかな彼岸への引導を渡すようになる。

八百年の後、偶然にも生まれ故郷の若狭に辿り着いた比丘尼=少女は、変わらぬ若狭湾の美しさに、癒され、このまま故郷の景色の一部となろうと決心する。

死を渇望することをやめ、心の平静を取り戻した少女のからだは、一陣の砂となり、魂は浄化され、若狭の土と海と空に同化していった。

太吉にとって、30年間も終戦を知らずに暮らした兵士としての孤独の毎日こそが、本当の無間地獄であり
再び本土に生還し、故郷の景色や時間の中で里子を感じることで、ついに彼は、郷愁と同化し、その魂は浄化されたに違いない。

その結論(出口であり、ある意味入り口)に辿り着いた僕は、涙を止めることが出来なかった。


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