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僕にとってマクロスはガンダム以上に思い出深い作品です。

バルキリーや戦闘シーンの格好良さ、美樹本晴彦さんの描く女の子のキュートさ、羽田健太郎さんの音楽、飯島真理さんの唄声と、当時サンライズ作品に少し食傷気味になっていた10歳の僕を一気に虜にしました。

テレビ放映版のマクロスは、3クールで終了し、同じ時間帯にはオーガス、サザンクロスが"超時空"シリーズとして継続していましたが、マクロスほど夢中にはなれませんでした。


そして小学6年生。
「劇場版 愛・おぼえていますか」の公開が発表されるやいなや、市内中の本屋をはしごして、マクロス関連の記事を読みあさり、気に入ったものはお小遣いをはたいて買いそろえました。


1学期が終了し、さあ今この時から夏休み。劇場へはいつ足を運ぼうかと、終業式でも帰りの会でもそのことばかり考えていました。

もらったプリントや夏休みの宿題教材などを鞄に詰め込んでいた僕のところに、一人の女の子がやってきました。

「◯◯くん、マクロスの映画見に行くの?」

確かに仲のよい友達なんかには隠してなかったけど、まさか女子にまでマクロス好きがバレてるとは思ってもいませんでした。

いきなり女子に声をかけられて、一気にテンパってしまい、反射的に

「あぁ、勿論行くよ。愛宕劇場だろ?」

と答えてしまっていました。

「じゃぁ、今日一緒に行こ?」

「...ええよ」

マクロス好きなら、誰よりも先にというか、女子よりは先に観ないと名が廃るだろうと、訳の分からない理屈にとらわれて、結局終業当日に一緒に観に行くことになりました。

そもそも異性として意識していなかった彼女が(どういう女子なのか知りたいと思ったこともなかった)、もはや性別を飛び越えて「マクロスに興味のある同志候補」というポジションにいきなり納まってしまったのです。

何時からやっているか新聞で調べた上で、一度家に帰って僕の家に集合と言うことになりました。

彼女は初めて僕の家に靴を脱いで入った異性となりました。
(勿論親戚とか親の知り合いの子とかは家に来たことあるけど、僕だけの繋がりでってのは初めてのこと)

時間を確認すると結構すぐだったのでそのまま自転車に乗って、家から10分もしない愛宕劇場へ向かいました。
その間何か話したかどうかは、今では全くおぼえていません。

当時アニメ映画は、ヤマトやガンダムだけが異常事態であって、今ほどのヒットコンテンツではありませんでした。

まさかそれから30年もあとの現代において、世界中の老若男女を巻き込むビジネスのメインストリームの一つとなるとは、誰しもが想像していなかったわけで、そして愛宕劇場はそれがわかるかのようなぼろい劇場でした。

入場料金を払い、中に入って席を確保し(というか席はガラガラだった)僕はいつもそうしているように、コーラとチョコフレークを買ってきました。

学校では一度も嫌がってかけなかった眼鏡も、この時ばかりは当然のごとく装着。

さあ準備は万端。

隣の彼女のことは気にも留めず、画面を一度も見逃さないように前を見つめ続けました。

オーケストラの重厚な音楽、真っ暗闇から徐々に現れてくるマクロス艦。演出、ディティール、配色...

その全てが今までのどんな作品よりも素晴らしく、序盤から僕は感動しっぱなしでした。

テレビ版のマクロスは、予算とかスケジュールとかの都合で、作画のレベルが「最高↑」な時と「最低↓」な時との差が激しくて、ともすれば観るのを辞めたくなるくらい期待を裏切られることも少なくありませんでした。

それでも自分の中ではポストガンダムになりうる逸材だと勝手に上から目線で毎週見守って来ただけあって、もう劇場版オープニングのそれを観た時には、心のなかで喝采を送りました。

オープニングからミンメイのコンサートシーン、宇宙での戦闘シーン、と矢継ぎ早に展開して行きます。

初っぱなから圧倒されすぎて喉がからからになってしまった僕は、瓶コーラを一口飲んで、ひと呼吸つきました。

すると横から彼女が小声で

「一口頂戴」

と言うと、僕の手の中の瓶のコーラが取り上げられ、そしてまた僕の手に戻ってきました。

一瞬のことで、何がおこったのかすぐには理解できませんでしたが、これはまちがいなく”間接キス”です。

顔を画面の方に向けながらも、横目で彼女の唇に気を取られているうちに、予想だにしなかったシーンに突入します。

劇中でアイドル歌手役であるリンミンメイのシャワーシーンです。

ていうか全裸。

上半身から映していって、くるくるとカメラは回り最後には、全身ヌード(しかもこっち向き)

後日、高知東宝でアンコール上映された際には満員の観客がこのシーンで一斉にワッと声を上げたくらい、”アニメ=子供向け”と思われていた当時では衝撃的なシーンでした。

ごくっ

思わず飲み込んだ唾の音。聞かれてやしないだろうか?
クラスの女子にエッチなシーンをガン見するような男子だと思われただろうか?
と思いながらも、眼が離せず、さも”作品を観る一貫ですけど何か?”と平静を装っていると、彼女が急に

「ちょっと眼鏡貸して」

と大事な眼鏡まで取り上げられてしまいました。

さっきのコーラの件から、僕の中で急に異性のカテゴリーに引越して来た彼女に、僕は嗜められているような気がして、ここから先は眼鏡を返してくれとも言えず眼を凝らし凝らし観ていました。
(ある程度劇が進んだところで眼鏡は返してもらえたんだけど)

テレビ版で消化不良だった演出も劇場版ではきっちりまとめられて、僕の初めてのクラスの女子と映画鑑賞するというイベントも終わろうとしていました。

今もって冷静に考えればフラグ立ちまくっているこの状況にも全く気づかず、逆に僕の方が彼女のことを片想いするようになってしまい、今以上に鈍感で勘違いで独りよがりだった当時の僕の恋は成就することはありませんでした。

でも、いまでもこの劇場版のDVDを観ると、あのとき彼女には僕がどう見えていたのかな?と思いを馳せながら、この小さな恋の記憶を呼び覚ますのです。