1作めのプロ野球ファミリースタジアムの大ヒットを受けて、急遽翌年の年末に発売された87年度版。

システムなどはほとんど旧作のままとはいえ、チームが増えたり、選手の成績が新しく更新されたりと、これまた大ヒットしました。


ファミスタ87の発売背景や選手データに関してはこちらの記事をどうぞ!



【ファミスタ虎の巻】全チーム戦力比較〜ファミスタ87攻略〜【代打・投手リレー】




ほぼほぼ86(初代)からのデータ入れ替えでしかなかったファミスタ87が、野球キッズの心を鷲掴みにしたのが...


Mチーム(メジャーリーガー)の存在です。


前作より投高打低となった87において、落合バースクラスがずらりと居並ぶ強力打線に


メジャーリーガーってすげえんだろうなぁ...


と僕たちはワクワクしながらプレーしたものです。

全国の子供達に日本プロ野球の魅力を伝えたのが初代ファミスタであれば、ファミスタ87は「メジャーリーグベースボールの啓蒙」に一役買ったと言って良いのではないでしょうか?

ということで、87年度版Mチームの元となった選手たちを実データを交えてご紹介しようと思います。


◆ファミスタ87「Mチーム」モデル選手

87年度版は1987年12月22日発売なので、86年と87年の実際の成績も掲載しました。

実際のものとファミスタのデータを見ると、打率+0.3、本塁打×1.3前後の補正がなされていることがわかります。

ベテラン選手に関してはそれまでの実績も加味されていると思われます。
(この辺は初代ファミスタの考え方と同じですね)


・野手(スタメン8人 控え4人)
※数字は「打率|本塁打|走力(盗塁数)」


1(中)ぱけと 右.358|40|14
カービー・パケット(ミネソタ・ツインズ)


86 .328|31|20
87 .332|28|12

野球殿堂入りも果たしたミネアポリスが誇るヒットマシーン。シルバースラッガー賞6度受賞(1986〜89年,、92年、94年)。
最多安打(1987年)、首位打者(1989年)、打点王(1994年)も一度ずつ受賞しています。

また守備の名手としても知られ、ゴールドグラブ賞も6回受賞しています。(1986〜89年、1991年、1992年)


2(二)さんど 右.314|18|16
ライン・サンドバーグ(シカゴ・カブス)


86 .284|14|34
87 .294|16|21

シルバースラッガー賞7回(1984〜85年、88〜92年)、ゴールドグラブ賞9回(1983〜91年)を誇り、野球殿堂入りも果たした80年代を代表する名二塁手。

シーズンMVPを受賞した1984年には、200安打に加え、二塁打・三塁打・本塁打・盗塁がいずれも20以上というメジャー史上初の「THE 200-20-20-20-20 CLUB」に、三塁打と本塁打それぞれあと1本まで迫りました。

スラッガーのイメージはありませんが、1990年には40本塁打でホームランキングにも輝いています。


3(右)すとろう 左.290|36|16
ダリル・ストロベリー(ニューヨーク・メッツ)


86 .259|27|28
87 .284|39|36

1986年に27本塁打・93打点を記録して、チームの地区優勝に貢献。ニューヨークでは絶大な人気を誇りました。

ヒューストン・アストロズとのリーグチャンピオンシップシリーズ第5戦でノーラン・ライアンから本塁打を放つなど2本塁打を記録し、チームも4勝2敗でアストロズを下してリーグ制覇。

ボストン・レッドソックスとのワールドシリーズでも第7戦で本塁打を放ち、17年ぶりのワールドシリーズ優勝に貢献しました。

1987年は39本塁打・36盗塁を記録し、「30 - 30」を達成。また、1988年には本塁打王とシルバースラッガー賞にも輝いています。


4(捕)かあたあ 右.286|32|5
ゲイリー・カーター(ニューヨーク・メッツ)


86 .255|24|1
87 .235|20|0

デビューはモントリオール・エクスポズ(現ワシントン・ナショナルズ)ですが、発売当時はメッツ時代。

シルバースラッガー賞5回(1981〜82年、84〜86年)、ゴールドグラブ賞3回(1980〜82年)、打点王1回(1984年)と、負担の大きい捕手というポジションでありながら主力打者として活躍。

19年間で324本塁打と強打の捕手として野球殿堂入りも果たしました。


5(一)まくが 右.300|61|6
マーク・マグワイア(オークランド・アスレチックス)


86 .189|3|0
87 .289|49|1

87年に大ブレイク。この年も含め4度の本塁打王(1987年、96年、98〜99年)に輝き、98年は打点と合わせて二冠王にも輝きました。

シルバースラッガー賞3回(1992年、96年、98年)、ゴールドグラブ賞1回(1990年)。

また、1996年から1999年まで4シーズン連続で50本塁打以上を放ち、チームメートのホセ・カンセコと共に本塁打を量産。バッシュ・ブラザーズと呼ばれました。


6(三)しゆみと 右.320|48|6
マイク・シュミット(フィラデルフィア・フィリーズ)


86 .290|37|1
87 .293|35|2

フィリーズ一筋。ナ・リーグ歴代最多となる本塁打王8回(1974〜76年、80年、81年、83年、84年、86年)に加え、打点王も4回(1980年、81年、84年、86年)。

三塁手として歴代最多となる通算548本塁打を誇り、堅実な守備とともに「史上最高の三塁手」と称され、1995年には米野球殿堂入りも果たしています。

シーズンMVP3回(1980年、1981年、1986年)、シルバースラッガー賞6回(1980〜84年、1986年)、ゴールドグラブ賞10回(1976〜84年、86年)。


7(左)ばふい 右|.320|52|8
ジェシー・バーフィールド(トロント・ブルージェイズ)


86 .289|40|8
87 .263|28|3

86年のア・リーグ本塁打王。同年にはシルバースラッガー賞も受賞。

2年連続でゴールドグラブ受賞(1986〜87年)。MLB12年間で154捕殺を誇る強肩強打の外野手として一時代を築きました。

また、1993年には助っ人外人として読売ジャイアンツでもプレーしています。
その時のデータは

ばふぃるど .206|24|8
(実際の成績は打率.215 26本塁打)

とこっそり下方修正されていました。


8(遊)おすみす 左.310|2|18
オジー・スミス(セントルイス・カージナルス)


86 .280|0|31
87 .303|0|43

"The Wizard of Oz"(オズの魔法使い)の異名を持つその華麗な守備は、遊撃手部門において、1980年〜92年まで13年連続でゴールドグラブ賞に選ばれました。

また87年にはシルバースラッガー賞も受賞しています。
通算2460安打、580盗塁。2002年には米野球殿堂入りも果たしています。


代打 かんせこ 右.270|42|11
ホセ・カンセコ


86 .240|33|15
87 .257|31|15

1988年には44本塁打124打点40盗塁とブレイク。メジャー史上初のシーズン40本塁打40盗塁「40 - 40」を達成しました。

87発売当初は、その開花目前であり、野手12名にカンセコを入れていたファミスタデータ班の先見の明を感じます。

本塁打王2回 (1988年、91年)、 打点王1回 (1988年)に加え、シルバースラッガー賞も4度 (1988年、90年、91年、98年)受賞しています。


代打 りふきん 右.312|32|6
カル・リプケン.jr(ボルチモア・オリオールズ)


86 .282|26|2
87 .282|25|4

1981年〜2001年まで現役時代21年間、ボルチモア・オリオールズ一筋でプレーし、歴代1位となる2632試合連続出場を記録、「アイアンマン」の愛称で親しまれました。

シルバースラッガー賞8回(1983〜86年、89年、91年、93年、94年)、ゴールドグラブ賞2回(1991〜92年)。1983年と1991年にはシーズンMVPにも選ばれ、2007年には米野球殿堂入りも果たしました。


代打 ぐいん 左.360|18|19
トニー・グウィン(サンディエゴ・パドレス)


86 .329|14|37
87 .370|7|56

20年間パドレス一筋。「Mr. Padre(ミスター・パドル)」の愛称で地元ファンに愛されました。
また、「キャプテン・ビデオ」と称される徹底した研究と広角に打ち分ける卓越したバットコントロールで安打を量産。

通算2440安打、8度の首位打者(1984年、87〜89年、1994〜97年)、7度のシルバースラッガー賞(1984、86、87、89、94、95、97年)に輝いています。

ゴールドグラブ賞5回(1986年、87年、1989〜91年)。俊足・強肩・好守のリードオフマンとしても知られ、2007年には米野球殿堂入りも果たしています。


代打 まつちん 左.382|40|5
ドン・マッティングリー(ニューヨーク・ヤンキース)


86 .352|31|0
87 .327|30|1

1982年から1995年までニューヨーク・ヤンキース一筋でプレー。

強打の一塁手として鳴らし、1985年にはシーズンMVP(1985年)、打点王(1985年)とブレイク。
シルバースラッガー賞3回(1985〜87年)、ゴールドグラブ賞9回(1985〜89年、1991〜94年)と80年代のヤンキース打線を支えました。

また、監督としてロサンゼルス・ドジャース(2011〜15年)マイアミ・マーリンズ(2016〜22年)を率い、2020年には最優秀監督賞も受賞しています。



・投手(4人)
※数字は「防御率|球速|スタミナ|変化」


先発 らいあん 右 1.76|165|50|8 6 2
ノーラン・ライアン(ヒューストン・アストロズ)


86 3.34|12勝8敗0S|194奪三振)
87 2.76|8勝16敗0S|270奪三振)


「Ryan Express」のニックネームで知られた、言わずとしれたメジャー屈指の剛腕投手。

シーズン奪三振(1973年383個)・通算奪三振(5714個)・通算ノーヒットノーラン数(7回)のメジャー記録保持者。

スリークォーターから最速100.9mph(約162.4km/h)のフォーシームに、縦に大きく割れる一級品のカーブ、サークルチェンジを持ち球に、数多の強打者たちから三振の山を築きました。

シーズン奪三振王11度(1972〜74年、1976〜79年、1987〜90年)はウォルター・ジョンソンの12回に次いでメジャー2位。81年と87年には最優秀防御率にも輝いています。
1999年には米野球殿堂入りも果たしました。


先発 すこつと 右 1.08|140|40|7 4 14
マイク・スコット(ヒューストン・アストロズ)


86 2.22|18勝10敗0S|303奪三振
87 3.23|16勝13敗0S|203奪三振

83年オフにスプリットを習得すると、85年に18勝、防御率3.29と一気にブレイク。
86年には、最優秀防御率(2.22)と最多奪三振(303)の二冠を獲得し18勝をあげ、チームの6年ぶりの地区優勝に大きく貢献、この年はサイヤング賞にも輝いています。

89年には20勝をあげ最多勝も受賞。魔球と称された高速スプリットはゲームの中でも健在です。


抑え ばれん 左1.64|135|20|16 8 14
フェルナンド・バレンズエラ(ロサンゼルス・ドジャース)


86 3.14|21勝11敗0S|242奪三振
87 3.98|14勝14敗0S|190奪三振

宝刀・スクリューボールを武器に、新人イヤー(1981年)において開幕8連勝、13勝7敗、防御率2.48とブレイク。
最多奪三振(180)のタイトルに加え、メジャー史上初となる新人王とサイ・ヤング賞をダブル受賞しました。

メキシコ出身投手の中で最多となる173勝をあげ、背番号34はメキシカンリーグの全ての球団において永久欠番となっています。

最多勝(1986年)に加え、オールスター出場6回(1981〜86年)、シルバースラッガー賞2回(1981年、83年)、ゴールドグラブ賞1回(1986年)を受賞。

1981年と1988年には、チームを二度のワールドチャンピオンに導いています。


抑え りげと 左 1.20|146|20|5 7 3
デイブ・リゲッティ(ニューヨーク・ヤンキース)

86 2.45|8勝8敗46S|83奪三振
87 3.51|8勝6敗31S|77奪三振

最多セーブ1回(1986年)、最優秀救援投手2回(1986、87年)と、'87発売当時におけるメジャーリーグを代表するストッパー。

元々は先発投手で、1981年には8勝4敗、防御率2.05の成績で、ア・リーグ新人王に選ばれています。

1983年オフ、後にダイエーホークスでもプレーするリッチ・ゴセージのパドレス移籍に伴いリリーフに配置転換。
1984年に31セーブをあげると、以後7年間平均32セーブをあげて、チームの新守護神となりました。

通算252セーブのうち、224セーブはア・リーグで記録したもので、これは現在でも左腕投手のリーグ記録となっています。

先発投手としてノーヒットノーランを達成し、救援投手としてリーグのセーブ王に輝いた最初の投手としても有名です。


◆まとめ

野手12名中7名が殿堂入り。

ぱけと(カービー・パケット)、さんど(ライン・サンドバーグ)、かあたあ(ゲイリー・カーター)、しゆみと(マイク・シュミット)、おすみす(オジー・スミス)、りふきん(カル・リプケン.jr)ぐいん(トニー・グウィン)

投手4名から1名が殿堂入り。

らいあん(ノーラン・ライアン)

総勢16選手のうちの半分が米野球殿堂入りしているわけですから、強いのも当然ですよね!

ファミスタはプレーしても面白い上に、データと照らし合わせるのも楽しいです!


ファミスタ虎の巻 年度別リンク
86878889909192


対人でファミスタどっちが強いか?決めたいって人はこっちも読んでくれよな!