WBCにおいて二度バッテリーを組んだ甲斐拓也捕手が
「普段とらないスライダー。落ちてくるというよりも、ちょっとふけてくるようなスライダーなんです」
と表現したように、大谷選手が投じるスライダーは、従来のスライダーとは違い、沈まずに大きく横滑りする「スイーパー」と呼ばれる変化球です。
WBC決勝戦において、マイク・トラウト選手を空振り三振に仕留めたフィニッシュボールもこのスイーパーでした。
速球と同じ軌道から、打者の手元で大きく横変化するこのボールは、「浮き上がって消える」魔球のように感じたことでしょう。
昨季の躍進を支えた魔球「スイーパー」が、今季さらにバージョンアップ。
開幕したばかりのMLBにおいて、すでに無双状態を引き起こしています。
今回は、スイーパーの威力、従来のスライダーとの違いや変化の仕組み、そして昨季から何が変わったのか?識者の声を交えながら詳しく解説していきます。
◆「2022シーズンベスト球種の一つ」15勝を支えたスイーパー
昨季15勝9敗、防御率2.33、219奪三振と、「投手・大谷」の躍進を支えたのが、ほぼ真横に大きく曲がるスライダー「スイーパー」でした。
元々、大谷選手は160キロを超える4シームとスプリット系の落ちるボールを使用する、速さと高低差を活かしたタイプの投手でした。
しかし昨季は、スイーパーと言われる沈まない横の変化の大きいスライダーを多投。
米スポーツ専門サイト「ジ・アスレチック」などに寄稿していたブレント・マグワイア記者も自身のサイトの中で
「オオタニは過去数年スプリットで支配的な投球を見せていたが、2022年はスライダーを1番の武器にしている」
と“魔球”と評された高速スプリットよりも、2022年シーズンはスライダー系統の横変化の球種が威力を発揮したとを伝えています。
同記者は
「オオタニのスライダーの投球割合は37.3%である。空振り率は37.5%、被打率は.172と、とんでもない数字を残している」
と、その驚愕のスタッツを紹介。
さらに、大谷選手のスライダーには、速度や変化量などをコントロールすることで、数種類のバリエーションがあるとし
「そしてオオタニはこの球を好きなように操る。
80マイル代前半で鋭く変化させたり、80マイル代中盤で緩く曲げたりする。
オオタニが今季投手として成長した理由はこのスライダーにある」
と、その支配的な投球を絶賛しています。
さらに同メディアのエノ・サリス記者は、その球速に言及。
4シームの平均球速97.3マイル(約157キロ)がMLBの先発投手の中でもトップクラスであることを紹介した上で
「エンゼルス・オオタニの投手としての今季の飛躍は、何より球速が増したことが大きい。
直球だけでなく、スライダーの球速も平均85マイル(約137キロ)までアップしている。
スライダーの横への変化量はリーグトップ10に入る。その中にオオタニと同程度の球速で投げられている投手はいない。
威力があるため、コースを間違えても致命傷になりにくい」
と高速で変化量に富む大谷選手のスイーパーをメジャーベスト球種の一つと称賛しています。
大谷選手のスライダーは、実際のデータでも驚きの結果を示しています。
相手チームの得点期待値をどれだけ減らしたか?を表す数値「RV」においても、大谷選手のスライダーは「RV-28」とMLB全体2位の成績を叩き出しました。
特に横に大きく曲がる上にボールが落ちない、まさに横滑りする高速の「スイーパー」の威力は絶大。
この今までにない変化軌道が、メジャーの打者たちにとって非常に厄介な球種となっているのです。
◆スイーパーとは?最先端科学が解明した「シーム・シフト・ウェイク」理論
スイーパーとは、あまり沈まず横に大きく曲がるスライダーの呼称で、MLBでは昨季あたりから使用する投手が増えてきています。
これまでスライダーとひと括りにされていましたが、投球分類サービス『ピッチ・インフォ』が、2022年からMLBのトレンドに合わせて、スライダー、カーブ、カッターといった投球カテゴリーの1つにスイーパーを加えました。
ホウキで掃くという意味の「スイープ」が語源で、ホームベース上を端から端まで一掃きするように大きく曲がるのが特徴。
一般的には「128キロ以上の球速で、少なくとも25cm以上横に曲がり、縦の変化が10cm以上沈まないボール」と定義されています。
日本ではあまり馴染みのない球種ですが、スライダーという大きな括りの中に、沈まずに大きく真横に変化する球種=スイーパーがあると思っていただいて問題ないかと思います。
実際に大谷選手は、スイーパーのような沈まないボールに加えて、
斜め横に変化する従来のスライダー、球速が遅めでカーブに近いスラーブ系のスライダー、さらにカット系の変化の小さいスライダーなど、
球速や変化の違う数種類のスライダーを持ち球としており、それらをカウントや場面に応じて使い分けています。
斜め横に変化する従来のスライダー、球速が遅めでカーブに近いスラーブ系のスライダー、さらにカット系の変化の小さいスライダーなど、
球速や変化の違う数種類のスライダーを持ち球としており、それらをカウントや場面に応じて使い分けています。
大谷選手はいかにして、変化方向の異なるボールを投げ分けているのでしょうか?
その答えが「シーム・シフト・ウェイク」理論という考え方です。
MLBの球場にはホークアイと呼ばれるデータ収集機器が設置され、それによるデータの解析が日々行われています。
その結果、ボールが変化する要因として、これまで考えられてきたボールの回転と回転軸以外に「シーム=ボールの縫い目」による効果があることがわかってきています。
ボールが空気にぶつかると、縫い目によって盛り上がった部分に乱れた気流が発生し、縫い目のない面には滑らかな気流が発生します。
乱れた気流は滑らかな気流より長くボールに付着し、この気流の差がボールを変化させると考えられています。
つまり、同じ性質の回転のボールを投げても縫い目の向きにより、ボールの軌道と変化量を変えることが可能となります。
昨季終盤、大谷選手がいきなり実戦投入して話題となった2シームも、握りや投げ方は直球=4シームとほぼ同じですが、ボールを握る際に縫い目=シームの向きを変えることで、右打者のインコースに食い込むように変化するのです。
大谷選手の投げるスイーパーも、この縫い目の違いを利用することで、沈まずに大きく横すべりするように変化させています。
◆「ホップして消える?」魔球スイーパーの軌道・変化・球速
ピッチングストラテジストの内田聖人氏は、WBC1次ラウンド・中国戦に注目し
「140キロくらいの球速帯であれだけ横に曲げられるのは特殊球です」
と大谷選手のスライダーを絶賛しています。
4回1安打無失点と圧巻の投球を披露した中で、奪った5つの三振の決め球はすべてスライダーでした。
内田氏は
「大谷投手のスライダーは横曲がりが大きく、かつ、速くて強い。
特徴的なのは、高めに投げるスライダーです。オーバースローは普通、斜めに曲がるイメージ。
しかし、ダルビッシュ有投手もそうですが、大谷投手のスライダーは今、メジャーリーグで『スイーパー』と呼ばれる変化に分類されます」
と紹介。つづけて
「変化量で言うと、もちろん真っすぐと比較したら落ちてはいますが、横の軸でいうとマイナス方向には落ちておらず、打者からしたら浮き上がってくるくらいに感じる。
だから、三振のシーンなどを見てもらえば分かりますが、普通、スライダーは打者が球の上を空振りするものですが、大谷投手の場合は打者が球の下を空振りする、もしくは横曲がりが大きくて球の横を空振りする」
と大谷選手のスイーパーの軌道の有効性を解説しています。
確かにこの中国戦でもそうですし、決勝のマイク・トラウト選手が最後に空振り三振をした際も、ボールはバットの上を通過しています。
トラウト選手も
「彼は本当に厄介なものを持っていて、最後のはいい球だったね」
と大谷選手のスイーパーを高く評価しています。
「打者からすると、今までのスライダーは落ちながら曲がる認識でバットを出していく。
しかも、今はフライボール革命やバレルゾーンという考え方があるから、バットのヘッドが若干下がる軌道になりやすい。
落ちるスライダーはちょうどその軌道に合うから打つことができましたが、落ちないスライダーは逆に難しくなります」
と内田氏が分析するように、大谷選手のスイーパーは、打者からすると「ホップして消える」常識外の魔球と言えるでしょう。
WBCにおいて、大谷選手とバッテリーを組んだ甲斐拓也捕手も
「球が強いっていうのもそうなんですけど、スライダーが僕は普段とらないスライダー。
落ちてくるというよりも、ちょっとふけてくるようなスライダーなんです。
ちょっとバットの接点はないのかなっていう風に思いました」
と証言しています。
さらに内田氏はその変化量にも注目。
「大谷投手の場合、テレビで観ている人からすると、右打者の真ん中に入る球があって『甘い球を見逃しているじゃん』『なんで高めに抜けているの?』と思うかもしれませんが、横も40センチ前後曲がっています。
左打者にしても、外角のボールだと思ったらググッと曲がってストライクゾーンに入ってくる。
だから、手が出せない。それを意図的にバンバンと投げています。
だから、手が出せない。それを意図的にバンバンと投げています。
160キロを超える真っすぐが注目されることが多い大谷投手ですが、これだけの変化量のスライダーを140キロの球速で投げられるのは投手として本当に凄い能力です」
と大谷選手の投じるスライダーは、その変化量に加えて、球速も突出した「特殊なボール」だと結論づけています。
◆“見たことのない配球” と“スライダーの多彩さ”。捕手・甲斐拓也の胸にも刻まれた「学びの時間」
さらに内田氏は、大谷選手のこれまでの常識を打ち破る投球術にも注目。
「ストライクからボールゾーンに落とすために『スライダーは低めに集めなさい』というのがセオリー通りの投球術。
実際、今、日本では高めのスライダーを投げる投手はほぼいない印象です。
しかし、大谷投手はどんどん高めで打者を差し込めるスライダーを投げています」
と大谷選手の投球術はこれまでの基本概念から逸脱したものだとしています。
さらに大谷選手は、この日の中国戦において、高めだけでなく右打者のインコースにもスライダーを多投しました。
中国代表の3番を打った、元ソフトバンクの真砂勇介選手も
「体に当たるかと思いました。壁に跳ね返って来たかのように曲がってきて、スゴイ球でした。
2回くらいあったんで、すごいなと思いました」
と驚きの表情で「投手・大谷」との対戦を振り返っています。
この日、真砂選手はインコースに投じられた大谷選手のスライダーの変化に全く対応できず、何度も腰を引かされバランスを崩していました。
インコースのスライダーには、投げミスをしてしまえば、死球になってしまうし、甘く入れば長打を食らう危険性もはらんでいます。
しかし大谷選手は初回から、そこへどんどんと投げ込んでいきます。
この日バッテリーを組んだ甲斐捕手も
「試合前に自分でスライダーを投げ分けると言っていたので。右バッターは内角に投げられて足を引くような球。
ああいった曲がりはないので。それだけ威力のあるボール」
と振り返り、大谷選手が縦回転・横回転・ホップ気味の3種類のスライダーを投げ分けていたと証言しています。
曲がり幅も違えば、変化の方向、そしてスピードも違う3種類のスライダーを、インコースにも投げてくるのですから、打者がアジャストするのは容易なことではありません。
甲斐捕手は
「僕がリードしたっていうよりも、翔平の力に僕も引っ張られたという感じでした。
本人の中でスピードの変化と力を入れるべきところは入れてというところがあったと思います。
そこをコントロールできる翔平はすごいなと思いました」
と「投手・大谷」の制球力や配球面を絶賛。
右打者の懐からストライクゾーンに飛び込むインスラ、左打者の外角から入ってくるバックドアとコースを突くコントロールも駆使し、中国打線を全く寄せ付けませんでした。
吉井理人投手コーチも試合後
「変化球はもともと上手に投げていましたけど、より精度が上がって、良い投手ですね」
と目を細めました。
甲斐捕手は大谷選手の配球が後続のリリーフ陣までの9イニング全体に及ぼす影響についても触れ
「一発勝負の中で1試合であれば3打席または4打席が1人にはあると思うんですけど、そこの1、2打席目の投球というのが後に投げるピッチャーにも効いてくる。
僕らキャッチャーとしてもそういった序盤からの配球を生かしていけるように心がけていかないといけないなというふうに思いました」
と大谷選手とバッテリーを組むことで新しい学びがあったと語っています。
確かに大谷選手が全力で160キロ近くの速球を主体として投げると、どうしても速球派がそろうリリーフ投手に相手の目が慣れてしまいます。
そこまで計算していたのかどうかは明らかにされていませんが、大谷選手は変化球主体でストライクを先行させ、4イニングを投げ抜き、試合を作りました。
打者13人に植え付けた衝撃は、後続にも効果を発揮。
2番手の戸郷翔征投手は直球とフォーク主体で3回を1失点に抑え、3番手の湯浅京己投手も直球で押し込み、圧巻の3者連続三振。
最後はキレのある直球で伊藤大海投手が試合を締めくくりました。
後に続くピッチャーのことも考え、日本の捕手では最も経験値が高いと言える甲斐捕手に「勉強していかないといけないと思いました」と言わしめる「投手・大谷」の新次元の投球術。
単に注目される球速だけでなく、メジャーで規定投球回数をクリアし、2桁勝てる卓越した投球術を日本のファンにまざまざと見せつけました。
◆昨季とはここが違う!WBCで見せた2023年のスイーパー
スポーツ動作解析に詳しい筑波大の川村卓准教授が
「リリース位置が変わるだけでボールの変化に違いが出る。状況によって投げ分けたりしているようだ」
と分析したように、昨季までの大谷選手は、必要な時にスライダーを横に大きく曲げるため、意図的に投げる位置を変えていました。
しかし、WBCでの投球を見た2006年WBC投手コーチの鹿取義隆氏は
「準決勝進出をかけた大舞台で大谷が2023年バージョンの投球を披露した」
と「投手・大谷」の変化を指摘しています。
「昨季は肘を下げてスリークオーター気味のフォームが多かった。打者が慣れれば、球種が見分けやすく、肘への負担も心配された」
と昨季までのスライダー投球時のリリースポイントやフォームの欠点などに言及した上で
「それが9日の中国戦では、速球やスプリットとほぼ同じ高さのリリースポイントに変わっていた。
しかし、手首は横に寝ていたように思う。寝かせた方が横変化をつけやすいからだ」
と中国戦でいきなり見せつけた進化のポイントを指摘。続けて
「それが、イタリア戦では手首も立てていた。
おそらく、投げる瞬間に指でボールを切る時、少しだけ手首を寝かせて横回転を与えていると思う。
これは非常に微妙な感覚が必要で、自分のイメージと実際のリリースを擦り合わせる作業を相当やってきたのではないか」
と登板を重ねるごとに進化を重ねる「投手・大谷」に舌を巻きました。
昨シーズンを総括したインタビューにおいて
「毎年そうですけど、前の年と同じようなことをやっていても、去年も言いましたけど、同じ数字が残るかと言ったら、そうではない。
むしろ下がると思いますし。
むしろ下がると思いますし。
もっともっと工夫しながらできれば、もっといい数字が残るなと思います」
と語っていた大谷選手。
その言葉通り、WBC大会、そして2023年シーズンを見据えて、しっかりとオフに準備をしていたのです。
◆開幕戦で見せた支配的な投球。魔球スイーパーで10奪三振
先発投手を務めた3月30日の対オークランド・アスレチックスとの開幕戦でも、大谷選手の魔球「スイーパー」が炸裂。
6回を投げて2安打無失点、10個の三振を奪う支配的なピッチングを披露しました。
93球中45球と48%を占めたスイーパーは、最大22インチ(約55・9センチ)も横に変化。
WBC決勝・米国戦の最後にトラウト選手を空振り三振に仕留めたスイーパーの曲がり幅18・9インチ(約48センチ)を約7・9センチも上回りました。
この日大谷選手の女房役を務めたローガン・オーハッピー捕手は
「スイーパーは初回から良かった。本当に良かった」
と感嘆のコメントを残しました。
米スポーツメディア『スポーティング・ニュース』公式ツイッターも
「ショウヘイ・オオタニは魔法使いだ。22インチの横変化。エグい!」
と驚きをもって投稿。
「ピッチングニンジャ」の通称で知られる、投球分析家のロブ・フリードマン氏も、自身のツイッターで大谷選手のスイーパーを動画で紹介し
「フリスビーみたいなスイーパー。22インチ(約56センチ)の横変化」
と絶賛しています。
『MLB公式サイト』など多くの米メディアから今季のサイ・ヤング賞候補に挙げられている大谷選手。
100マイルを超える4シームや2シーム、高速スプリットに変幻自在のスライダーを武器に、今季も支配的な投球を見せてくれることでしょう。
今季の大谷選手を語る上で、進化した魔球「スイーパー」は外せません。
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