WBC決勝、9回二死ランナー無しフルカウント、大谷翔平選手が最後に投じたボールは、まるで特撮映像のようにギュンっと鋭く横に曲がり、マイク・トラウト選手のバットは空を切りました。
この先何十年と語り継がれるであろう、日本が強国アメリカを打ち倒して3度目の世界一に輝いた歴史的瞬間です。
決め球となったこのボールは「スイーパー」と呼ばれ、近年MLBでもトレンドとなっている新しい変化球。
メジャーの投手の中でも、大谷選手は屈指のスイーパー使いと評されており、その威力は「法律で禁止するべきだ」とまで言われるほど敵チームから恐れられています。
「時速140km近い球速で、さらにほぼ落下することなく、まるでフリスビーのように真横に40cm以上変化」
物理的にそんなボールを投げることは可能なのでしょうか?
この「魔球」をスーパーコンピューターの「富岳」が初めて解析したところ、
打者を幻惑する全く新しい仕組みの“変化”が起きていることが明らかになりました。
今回の動画では、最新の研究から判明した落ちずに曲がるスイーパーの変化の秘密を、ちょっとマニアックにご紹介いたします。
◆「法律で禁じるべき?」球界のトレンド球「スイーパー」
WBC以降、日本でも広く知られるようになった「スイーパー」。
「ほうきで掃く」という意味の「スイープ」という言葉が由来で、ホームベースを掃くように横切って大きく曲がるのが特徴です。
MLBでは、今シーズンから正式に公式記録として「スイーパー」が採用され、縦方向に落ちることもあるスライダーとは別の球種として分類されるようになりました。
大谷選手も、このスイーパーを昨年夏頃より持ち球として取り入れており、昨季から積算してMLB最多となる1000球以上スイーパーを投じています。
『MLB公式サイト』も
「スイーパーは球界で最もホットな球種だ。そしてショウヘイ・オオタニがその顔だ」
と「投手・大谷」の躍進が、球界のトレンドを作り上げていると報じました。
さらに、大谷選手のスイーパーの特筆すべきなのは、曲がりの大きさと球速の両方を兼ね備えている点です。
横方向の変化量は平均で18インチ(約45.7センチ)と、ホームベースの幅17インチ(約43.2センチ)よりも大きい上に、平均球速は84~85マイル(約135.2~136.8キロ)と、MLB平均の81~82マイル(約130.4~132キロ)より5キロほど上回っています。
今季、大谷選手はこの魔球スイーパーを約40%と組み立ての軸に据え、メジャーの強打者たちを圧倒しているのです。
セントラル・カージナルスなどでプレーしたゼイビア・スクラッグス氏も、米放送局『MLBネットワーク』の番組の中で
「今年オオタニはこの球の使用頻度を上げている。それは結果がえげつないからだ。この球の横切り方ときたら、これは法律で禁じるべきだね」
と、その鋭い曲がりを絶賛し、自身が選ぶ「えげつない球を投げる投手5選」にノミネートしています。
その驚異的な威力が伝えられる一方で
「スライダーなのにほぼ落下しない」
「スライダーよりも大きく曲がる」
という従来のスライダーとはまったく違う変化を起こす本当の理由については、未だ謎のままとなっていました。
◆浮きながら大きく曲がる魔球スイーパーの正体
打者の手元で落ちずに大きく曲がる「魔球・スイーパー」。
そのボールはいったいどのような原理で変化するのでしょうか?
以前の記事では、大谷投手のスイーパーは、ボールの縫い目=シームの影響を受けているという研究結果をご紹介しました。
過去にも大谷選手の変化球の仕組みを分析、研究を続けている東京工業大学の青木尊之教授は
「バックスピンをしているボールは、浮き上がるような揚力を得ますが、真横に回転するだけでは、揚力は得られないはずです。
しかし、大リーグ公式のデータサイトによると大谷選手のスイーパーは、大きく横に曲がりながら自然落下よりも20から30センチほど落ち幅が小さく、浮き上がってるようにもみえます。
これはどういうことなのか、流体力学的にも興味深いと思いました」
と大谷選手のスイーパーが物理学的にも不思議な軌道を描いていると指摘しています。
いわゆる剛速球と呼ばれるような速いストレートは、強烈な縦回転=バックスピンによって、マグヌス効果が生まれ、自由落下よりも落ち幅が小さくなります。
そのため打者はホップしているように感じるのです。
一方で、スライダーのように横に大きく曲がるボールは、横回転で生まれる左右の圧力差によって変化する事がわかっています。
その2つの要素を組み合わせて、横回転するボールの軸が3塁側に傾くと、バックスピンが混じり、ボールを浮き上がらせる「揚力」が生まれるはずです。
青木教授は、この回転パターンで、大谷選手のスイーパーの実際の球速や回転数のデータ(球速136.8km/h 回転数2590rpm)を元に、スーパーコンピューター「富岳」で、ボールの縦横の変化量を計算。
その結果、ボールは揚力を得るものの横の変化が少なく、実際に映像で確認できるほど大きく曲がるボールとはなりませんでした。
つまり、ボールを落下させずにホームベース一個分の横変化を得るためには、バックスピンだけでは説明がつかなかったのです。
◆ホップの秘密はまさかのジャイロ回転!
そこで青木教授は
「回転軸がバッターの方向に傾くとどうなるか」
と仮説を立てます。
大谷選手の実際の中継映像をよく見てみてみると、ボールは真横に回転しながら、回転軸はバッターの方向に傾いています。
ボールが真横に回転しながら軸が進行方向に傾くと、進行方向に向かってらせんを描くような回転、いわゆる「ジャイロ回転」に近づきます。
しかし、一般にはジャイロ回転するボールは、バックスピンによるマグヌス効果が得られにくいため、浮き上がることは常識では考えられません。
これまでの研究から、大谷選手の縦スライダーやスプリットなどの急激に落下するボールに、ジャイロ軌道が大きく関係している事がわかっています。
ところが実際に、このパターンの回転で再度計算したところ、ボールは大きく横に曲がりながら、しかも大きな揚力を得ていました。
「バックスピンの成分を加えた計算では上手くいかず、スイーパーの変化はスパコンでは再現できないと思いました。
試しに、軸をバッター方向に傾けたジャイロ成分を入れて計算したら『何と揚力が出るじゃないの!』と」
まったく予想外の結果に、青木教授も驚いたと語っています。
この回転パターンでのボールの周りの空気の流れを可視化すると、投手側から見て右下から左上の方向に、ボールの後ろから押し出すような空気の流れが出現。
この空気の流れによって、左打者の方へ大きく横に曲がりながら揚力も加わり、まさに真横にすべるように変化する力が生まれることが判明したのです。
青木教授は
「この回転のパターンで揚力を得られることを確認できたのは初めて」
と今回の分析での新たな発見があったと語っています。
◆遂に「大谷vsトラウト」の再現に成功!秘密は回転軸の傾き
「純粋なジャイロ回転ならば一切、変化せずに重力の影響を受けて落ちるだけですが、少し傾くだけでいろんな変化が起きました。
これまでの常識から全く外れた変化の仕組みに迫ることができました」
青木教授はさらに、真横に回転するボールの軸がバッター方向に傾く角度が、縦横の変化量にどう影響するかについても検証を重ねました。
左右に回転するボールの回転軸が、バッターの方向に30度から40度ほど傾いたボールは、横に70センチほど曲がるものの揚力を得られず、重力の影響で曲がりながら落下。
逆に、回転軸が70度近くまで傾くと、揚力は30センチほど得られるものの、今度は横の曲がり幅が20センチと小さくなってしまいました。
そして、左右に回転するボールの回転軸が、バッターの方向に50度から60度の間で傾いた時に、横変化と揚力の両方を得られることが判明。
さらにその変化の数値も、公表されている大谷選手のスイーパーのデータとほぼ一致しました。
大谷選手がトラウト選手に投じたあの「最後の1球」の軌道を再現することに成功したのです。
青木教授は
「大リーグのデータから、スイーパーが浮き上がるメカニズムを何かしら予想していた人はいたかもしれません。
『乱流』や『境界層剥離』などボールの周りの空気の流れを詳しく調べ、シミュレーションで再現した研究は、私が知る限りありません」
と大谷選手のスイーパーを研究することで、従来の理論の先を行く新発見に手応えを語りました。
◆ボールの角度を繊細に操る高度な技術「大きくても小さくても駄目」
それにしても改めて驚かされるのが、大谷選手の投球技術の高さです。
球速、回転数共にメジャー平均を上回るだけでなく、ボールの回転軸を50度〜60度のわずかな角度で投じる、いわばマクロの出力の中でミクロの精密作業を行っているわけです。
これはまさに神の領域と言ってよいでしょう。
17インチ(約43cm)のホームベースの端から端まで大きく変化し、MLBの強打者たちを空振りさせるダイナミックなシーンの裏側には、ボールを繊細に操る高度な技術が隠されていたのです。
青木教授も
「大谷選手がスイーパーを投げるときは少しサイドスロー気味で、ボールに角度をつけやすいように工夫した結果のように思えます。
それでも、回転軸が少しでもぶれると、あまり変化しないボールになってしまうわけですが、大谷選手はボールに高速の回転を与えコントロールもかなりいい。データから大谷選手のすごさが改めて分かりました」
と絶賛しています。
大谷選手が登板した5月21日の対ミネソタ・ツインズ戦では、スイーパーの投球割合を減らし、通常とは異なる縦に落ちる軌道のカットボールを投げるなど、新たな変化球も投げていました。
青木教授は
「大谷選手は自分でデータをとりながら絶えず研究しているのでしょう。
以前は『シンカーは投げない』と言っていたのに、今は投げていることからも分かります。
どの球も超一級の変化球に仕上げているのは本当にすごいこと。
また新たな変化球が出てくるかもしれませんが、そのときは我々の計算技術でまた、解き明かしたい」
と登板するたびに進化を遂げる「投手・大谷」の研究に意欲をのぞかせました。
◆明らかとなった「魔球・スイーパー」の変化メカニズム
何故あれだけ真横に滑るように大きく曲がるのか?様々な議論がなされていましたが、まさかジャイロ回転と軸の角度だったとは驚きです。
今季ここまでの自身の投球を振り返り
「速い球を投げる投手はコマンドとしてもブレがちですし、逆に言えば、そこを両立できる投手がいい投手。まだまだ発展途上だなと思うので、全球種を伸ばしていけるなと思います」
と語った通り、大谷選手は登板を重ねるたびに、持ち球の精度や配球を分析し、つねに修正を加え続けています。
昨季も、スイーパーや高速シンカーなど、シーズン中に新しい球種を取り入れていましたし、今季中もどんどんバージョンアップしていくと思います。
チームのプレーオフ進出、二度目のMVP、自身初のサイ・ヤング賞獲得に向けて、大谷選手がギアを上げてくるのは、まさにここからなのです。
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